目覚まし時計の裏切りによって、本当に久しぶりに寝過ごしてしまった。
「アイタタタ・・・・私ってなんてドジなのかしら・・・・」
昨夜食べたカマンベール・チーズの腐臭がわたしの部屋をつつんでいた。もう二度と会うまいときめたのに。
私の王子様はいつもさびしい夜にかぎって身を寄せてくるのだ。
そして私は、カマンベールの匂いに包まれて、彼との激しい夜を思い出してうっとりとしたのだった。
イケナイ、遅刻しちゃうわ!
トーストを焼く時間もないし、ミルク・ティーを飲む時間もない。いつもかわりにタイムカードを押してくれるミカは先週からバリ島にスキューバにいってしまっていないんだった。
おお慌てでメイクをすませ、家を出る。
「キャッ」
11月の激しい風が私の頬をなでる、そうか、もう11月か。街にはクリスマス・キャロルが流れる頃なのだ。
駅まで15分、自転車なら7分ですむので、私は二ヶ月ぶりに自転車で駅に向かうことにした。遅刻したらまた、海野専務の退屈なお説教をきかなくちゃいけないわ。
順調にペダルを回して走り出し、ふたつめのかどを曲がった瞬間のことだった。
アアッ!
小さなベンツがちょうど目の前を横断しようとしていて、私の体にぶつかり、私は宙に舞い上がった。
「アレーッ!!!」
私は自転車とともに大空を一回転して地面に落下したのだった。
「もう、何なのよ!レディーにぶつかってくるなんて!いくらベンツだからって!!このままじゃ海野専務のお説教コースになっちゃうじゃない!!プンプン!!」
ベンツの人が降りてきたら怒って言ってしまおうとみがまえていたら、降りてきたその人を見て釘づけになってしまった。
子犬のようなワイルドで優しい顔、ソフトに鍛えているような荒々しい肉体、そして、よく似合っているスーツ。
まるで天使がこの世に舞い降りてきたようだった。
「大丈夫ですか!」
子犬のような天使は私にかけよってきた。
「あ、大丈夫ですよ!」
私を心配しないで!そんな素敵な瞳で心配されたらきっと私の心はあなたに釘付けになってしまうわ!
そう思いながらやっとの思いでワタシが立ち上がると、彼はワタシの自転車を壊れていないかチェックしてくれた。
「大変だ、チェーンがはずれているよ!!」
彼はそういって自転車をその場で修理し始めた。
ああ、なんて太くてたくましい指・・・・・
彼がチェーンをなぶるその指に、私はうっとりと見とれていたのだった。
きっとそのスーツの下に、鍛え上げられた肉体を隠しているのね・・・・
そのたくましい指で私をめちゃくちゃにして・・・!!!
ワタシの心は彼の指に奪われていったのだった。
彼はあっという間に自転車を直してしまった。
なんてすごい知性を持っているのかしら!!!!
「ありがとうございます」
いけないわ、目を合わせたらきっと私は彼に心を奪われてしまう。目を合わせないようにして恥じらいながら、ワタシはお礼を言った。
そのときだった
「たいへん!血が出ている!」
彼は、とつぜん、ワタシのひざ小僧に、分厚いくちびるで吸い付いてきたのだった。
「アッ・・・・アアッ!!」
吸われていく私の、傷口。ワタシはあられもない声をあげてしまった。
そして彼の吸い込みはワタシの体を、大事なところまで中心に吸い上げていくような勢いだった。ワタシのからだはどんどんほてっていって、液状化していくような快感におそわれた。
「大丈夫です」っていって終わりにしたいのに、体が彼を求めてしまっていた。
「どこかで手当てをしたほうがいい」
うるんだ子犬のようなワイルドな瞳で彼はワタシをじっと見つめていた。
アアッ・・・一刻も早くワタシをめちゃくちゃにしてェェ!!!
そう言いたいのをぐっとこらえた。
「でもお仕事ですよね・・・・」
「・・・そうですけれど・・・」
あぁ、一刻も早く彼に身をゆだねてしまいたい・・・・
「じゃあ、乗っていきますか?」
彼が小さなベンツを指さす。こらえきれなかった。
「ワタシが乗りたいのは、あなたよ!!!」
少しずつ近寄っていく私たち、彼はワタシを子犬のように抱き寄せ、今度はその分厚い唇で私のおでこを吸ったのだった。
おおぜいの人の、見ている、前で。
会社は・・・・お休みしますから・・・・
それからワタシの体は、彼の分厚い指とそのすべてによってたっぷり愛されたのだった。
ごめんね、妹のミツ子、今日、あなたが急に病気になって看病するって会社にウソをついちゃったわ・・・・。
二ヶ月ぶりの自転車は、ワタシの家の倉庫でまたしばらくの間眠ることになった。