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1958/08/04
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人間
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りばーし


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その会社は、電車すら走ってないド田舎にあるのですが
なんでも東京に営業所を構えており
ゆくゆくはそこの人材になってほしいとか
そんな
ベンチャーソフト会社でした。

電車をバスを乗りついで面接にいきました。

なんともいえない感じのおっさんが社長だそうです
挨拶もそこそこに
面接しようといって寿司屋に連れていかれ

寿司とビールをご馳走になりました。





この会社で働くことにしました。





後になって物凄く後悔するんです。

・・・・・・・・・・寿司に負けたとは。
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※フィクションです(多分)

そのSE講座は、地元の小さい会社がやっていました。
本業が何の会社なのかよくわかんないですが
社長はこってりしたおっさんで
社長の息子がたまに遊びにきていました。
後とりか。

プログラミング経験者だったせいもあり
私はその講座では異様にできがよい人として扱われ
ほかの人たちが1つソフトを作るあいだに3つくらい作っていました。(しかも、より複雑なやつ)
データベースも未経験だったのにサクサク学んで使いはじめて・・・・・・

人生でもっとも優秀といわれ続けた一ヶ月だったのかもしれません。

あまりに目だっていたので
社長に気に入られてしまい

就職を斡旋しようか




いわれてしまいました。



なんでも、友達の会社で人材募集してるとのこと。

まさか、あと数年フリーターでも無職でもいいやなんて言えません・・・・・とりあえず面接受けてみますという流れになりました。
ま、断ればいいか・・・・・・



※フィクションです

残高は、まだまだ尽きそうにもない無職の私でした。

このままだと、家にパラサイトしながら、適当にバイトして遊ぶ金を稼いでブラブラしている将来が見えてしまったのか

母がタウン誌で、ITスクールをみつけてきました。
平日みっちり1ヶ月間の講座です(土日は休み)
ITスクールったってエクセルワードそんなのではなく

SE養成講座 という名前でした。

おお、これは行ってもいいかもしれない。
次に就職するならそっちの業界かなぁと思っていたのです(いや、思ってなかったかもしれない)

説明を聞きにいったら、プログラミング基礎~中心に、速習する人には仕様書の書き方とかデータベースくらいまで教えてくれるんだそうです。
初心者が、たった一ヶ月でどこまでやれんのかと今になっては思いますが・・・・

ま、やってみることにしました。

初日、会場に行ったら、受講生が数名。

ひとりは物凄い太った男の若者でした。
その人は、ディスプレーを指でベトベト触る人で、その人が使ってたパソコンは
油っぽくなっていました。

ほかに誰がいたのか思い出せません。



家でブラブラしていてもなんか言いわけができるように


公務員試験を受けることにしました。

これで勉強をするということでブラブラできるのです。すばらしい。
で、何を思ったか、北海道庁の試験を受けることにしてしまいました。
どうせ落ちるので、物凄い遠いところにしよう、受験旅行だwと思っていたのですが

試験会場は都内でした。

そして

もちろん、落ちました。


無職3ヶ月・・・・ そろそろ親の視線が気になってくる頃です。 でも、無職、たのしい。



とにかく無職は時間が有り余っておりますが
やりたいことが結構あったので
充実していたように思います

パソコンも新しくしました。
コンパックの、ディスプレイの横にスピーカーをくくりつける
素敵なマシンです
デザイン抜群。

それまでとPCでやれることが段違いに多くなり
そういえば宅録をしてCDに焼くとか
そういうのやり始めたのはこの時期でした。

今までもまあ、一般人にしてはPCに少し詳しいとか
IT弱者だらけの、あの会社ではPCできる層だったとか
学生時代からホームページを作って毎日更新していたとか
そんなことはあったのですが

このコンパックマシンを手に入れてからですね
Dreamweaverでオシャレなサイトを作れるようになったりしたし
いろいろ、写真の加工とか画像編集とか
やっていました
無職のおかげです

ちなみにこのマシン、未だに現役です。もうメモリだHDDだその他
中身は殆ど入れ替わってしまってるのですが。
外観が気に入ってるので使い続けています、ナイスデザイン。

その他、散歩とかぶらぶらしたり
すっかり豹変した故郷の店やらなにやらを回ったり
家事をやったり
両親も、ものすごい久しぶりに子供が一緒にいる生活なので、割とやさしかったです

でも、無職で居座るには何かしら言い訳が必要で・・・・・・・・・・
私は言い訳をなんとなく作ることにしました。



※フィクションです

で、その、最初の会社は3年でやめたのですが
やめて、とりあえず実家に帰りました。

その後、半年とすこし、経歴的には「無職」が続くのですが・・・・・・・

無職の間何をやっていたかというと
とにかくよく寝ていました。
主に昼寝。
で、大学生よりボーっとしてました。

その間にわかったこと
「このまま一生無職でもいい・・・・・無職最高!!!」

実家だったのでそれなりに暮らしていけるわけで
貯金もそれなりにあったので遊びに使っていました。
今思うと、あんなに使いまくらなくてもよかったのですが
何も不自由なく仕事もしないでいい

ばら色でした。

薔薇色。

たまに、仕事とかして外に出ないと、精神的におかしくなってしまうとか
不安になるとか
忙しくて旦那の帰りが遅くて一人ぼっちで寂しい専業主婦とか
いますが

わたし、超、無縁。

どんだけ仕事嫌いなんだよ。



今になって思いますが

その先輩には

まったく感謝もしていないし
何も、彼女から得たものはありません。

あれだけ誇っている努力の成果が
マルチ商法

(笑)

転職しなきゃよかったんじゃないかな。

いろんな人生がありますね!

明日から、最初の会社をやめてからの話を書きます。



※フィクションです。

翌日、その会社に解約の電話をしたり
あれこれクレームも猛烈につけて
マルチとは一日で縁が切れました。

メール受信拒否
電話は着信拒否
サヨおならー

で、これで先輩とすっぱり縁が切れるのが
なんとなくうれしくなりました。


そりゃまあ、完全にマルチの世界に洗脳されてる知り合いを見てしまい
気分がいいもんじゃないわな。

先輩が目玉を飛び出しながら

「この話を理解しない人たちがいるけどそんな古い人たちはもう関係ないの」

「これは何年も後に主流になっていく新しい形の商売で」

「みんな幸せになれる、理想的な商売なの」

といっていた
それは


単なる




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でした。何年前の最先端なんだ。

思うに、IT弱者だったんですよね。だからこういうケースを知らないから
新しいと本気で思えてしまう
そして情報弱者
なにもしらない。

そんで、救世主ヅラで
マルチの主とならんとするわけ。

一生分かり合えない人なんだなとわかりました。

バーカバーカ!!!!!糞ババァ!!!!(言いすぎ)

まあ、今となればこうやってネタにできますが
当時は結構ショックでした。
そりゃまあ、ね。

次の年、年賀状が来なかったので
あ、やっと縁が切れたと涙を流して喜びました。





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